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オーロラ乗船記(第3部:鹿児島寄港)



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2001年3月4日

Noon Position: 鹿児島(谷山港)に繋岸中
天候:曇時々雨・霰
風・南西の風、風力3
気温:9.7℃ 気圧:1010ヘクトパスカル

日本沿岸を航行した昨日より風が強くなり、気温も下がってきた。
気圧も1010ヘクトパスカルと低下している。
鹿児島港と言っても、谷山港は指宿・枕崎線の起点、西鹿児島駅から6つ目の駅で、路線距離にして10キロ余り隔たった慈眼寺が最寄り駅である。

岸壁では赤の制服のブラスバンドが歓迎の演奏をしていた。

地元紙、南日本新聞によると、鹿児島市消防音楽隊だそうだ。

同紙では、赤崎鹿児島市長らの出席した歓迎式典や、マスコミ・報道関係者向け見学会などは船内で行われたと報じられていた。

寒くて、雨や霰が降る吹きさらしの岸壁行事より空調完備の船内の方が良い。

ここ鹿児島でも入港客船として「過去最大」の記録を更新した。

岸壁には沢山の観光バスが待機していた。

鹿児島市内観光・桜島などショア・エキスカーションに行くバスである。

さすがに観光地だけあって、30台以上のバスが勢揃いしていた。
見ている間にも、遠隔地や時間を要するに行くものから、乗客を乗せて次々に出発して行った。

ここ鹿児島では、横浜で下船し、日本の誇る新幹線や古都京都を見学してきた乗客も収容して上海・香港・シンガポールに向かうことになっている。

ショア・エキスカーションと言えば、上海で下船して北京や万里の長城を見学する人たちは、飛行機で香港に飛び、本船に戻る。
いかにもワールドクルーズらしい。

我々も下船してみた。

下は昨夜来の雨で、水たまりが出来ている。
いつ、降るか判らないのでフードの付いたコートやパーカーを着込んで、傘を持っている人が多い。
日本最後の寄港地でもあるし、本船の写真を撮ろうとシャッターポイントを探して歩いたが、寒くて震え上がった。
気温も低いし風も強い。
入港時恒例の満船飾の信号旗も真横にたなびいていた。

いつか、今回と同じ3月始めに飛鳥で小笠原に行った時のことを思い出した。
大村湾に停泊し、繋船ブイに繋いでいたホーサーが切れて、船が動き出したのである。
大型客船は喫水が浅く、多くのキャビンを設けるため投影側面積が大きい。
そのため、定常的な強風を受けるとロープが耐えきれずに切れることがある。
こんな時は狭い港内での操船が困難になる。
そのとき飛鳥は出船に繋船していたので、そのまま出港し、島影で待機していたようである。

鹿児島に向かうシャトルバスに乗った。
これからシンガポールまでのクルーズで必要な日用品や撮影用の記憶媒体の予備を補充して置こうと思ったのである。
ところが、バスは発車して間もなく、まだ本船の見えるところで停車した。
走行距離は1キロそこそこである。聞けばここまでと言う。
そこは中程度のスーパーであった。
タクシーも見当たらない。これでは仕方ないので、降り出した雨に折り畳み傘を差して 車の拾えそうな方向に歩き出した。
バスに乗った距離より遙かに長く歩いて、幸運にもやっと空車で鹿児島方面に向かうタクシーを掴まえることが出来た。
JRの駅で5区間10キロ余り乗って、着いた鹿児島の繁華街は雨と霰と強風で、公園の噴水も横殴りの雨霰で左のような状況であった。
この上陸で長年持ち歩いていた飛鳥の折畳傘を破損・廃却処分にした。
交番で道をたずねて電気店とスーパーで買い物をして早々に本船に引き上げた。
谷山港に戻ったら、風も雨も少しおさまっていた。

まだ、出港の午後6時まで時間があるので港も周辺を歩いてみた。

この辺りも景気の良い頃、地方自治体が企業を誘致しようと埋立造成を行った工業団地のように見受けられた。

原料や製品の輸送のため大型船の寄港にも対応出来る岸壁があるのでここに寄港することに決めたのであろう。

入船に付けたオーロラの船尾に穀物用のサイロが、背景にはコンクリートプラントが見えた。

17時45分下船客の全員帰船が確認され、同50分に出航前安全点検を完了し、全船にスタンバイが下令された。

そして17時59分に全ライン解纜され、18時4分に本船はスイングを開始した。

暮れかかった岸壁では多くの人達が雨の中、出航を見送ってくれた。

地元の太鼓のグループも濡れながら熱演を続けていた。

港湾関係者や、ショア・エキスカーションを案内したバスの関係者に混じって、家族連れの見送りが多かった。

ロサンゼルスやロンドンのティルベリーでも数人か十数人であった。

水際まで寄って、提灯を振る一団があった。

観光バスのガイドさん達である。

冷え込んだ早春の岸壁でコートを着て、いつまでも見送っていた。

桜島太鼓(?)も打ち続けられている。

外国のクルーズではこのような歓迎や見送りは殆どない。

イギリスやオーストラリアから来た人達の心に残る見送りになって欲しいと思う。

18時9分にスイングを完了し、後部についていたタグボートを解放した。

オーロラは正面に鹿児島のシンボル桜島を見ながら増速している。

天候も悪く、夕刻に掛かったので左の写真ではよく判らないが、タグボートのマスト越しに見える桜島は、9合目の辺りが雪で白くなっていた。

このあと、同19分にパイロットが下船し、30分に港域外に出たので船長は全力前進を下令した。

その後、鹿児島湾外に向けて針路を南にとり、20時頃鹿児島湾外に出たので針路を西にとり東シナ海に入った。

クルーズ第3日が終わった。

明日は黄海を横切り、揚子江河口の上海に向かい、夕刻には上海岸壁に接岸する予定である。

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