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2001年3月5日
Noon Position: 北緯31°03.6’、東経124°30.6’
天候:靄
風・南の風、風力3
気温:9.0℃ 気圧:1019ヘクトパスカル
時差を補正するため、船内時計を「GMT+8」にするため1時間遅らせた。東シナ海は、低気圧の余波で夜通し白波が立っていた。
キャビンがFデッキのため、白波が立ち上がるとカーテン越しにボウッと明るくなるのである。
洋上を航走していることを実感していた。
でも、全長270mの本船ではピッチングは殆ど感じない。鹿児島出航後、正午までの航行距離は342海里。平均時速18.5節である。
ドレスコードは、今回の乗船で初めてフォーマルである。
クルーズの4日目が終わり、船は黄海から揚子江を遡って深夜、上海の岸壁に接岸した。
昨夜までの風波はおさまり、黄海は穏やかな表情を見せていた。
黄海と言うだけあって、日本近海の太平洋とは海の色が違う。
揚子江が、中国大陸からきめの細かい黄土を運び込むからであろう。
若い頃、載個重量10万トンを越える鉱石運搬船で、瀬戸内海からアフリカの大西洋岸まで行ったことがある。
片道30日の無寄港往復である。
太平洋に出ると、海の色がインクのように青い。
それが、マラッカ海峡を抜けてインド洋に出ると透明度が上がり、少し緑がかって来る。
そして喜望峰を回って大西洋に出るとさらに海水は緑の成分が多くなる感じであった。
先の世界大戦で日本の潜水艦が真っ黒に塗っていたのに、ドイツのUボートは灰色塗装であったことを思い出した。
潜航中に哨戒機から発見されにくいように航行する海域の海の色にあわせたのである。
少し身体を動かそうと、サンデッキに出て、全天候型クリスタル・プールの上のテーブルテニスで汗を流した。
卓球なんて殆どやっていなかったが、逸らした玉を追っかけていると適当な運動になる。外では甲板部のクルーが雨上がりのドームを磨いていた。
客船は接岸・抜錨後の外板のペンキのタッチアップとか、潮風に晒される手摺り磨きなど外観を維持するための仕事も多い。
アラスカのグレーシャークルーズなどでは、流氷をに接触してもワークボートで潜水夫を降ろして船底の状況や、舵板・推進器の点検が出来ないため、シーズンが終わってカリブ海に移行する途中で船底の点検を行っていたのを見たことがある。
サンデッキの後部ではシャッフルボードをやっていた。 デッキの上で、球技は難しい。
強いてやるとすれば、長い紐を付けたボールをひっぱたくゴルフの打ちっ放しくらいであろう。上に書いた鉱石運搬船の機関長は、朝から暗くなるまで、インド洋上で飽きもせずにゴルフの練習をしていた。
三等機関士から一等機関士までは、0−4、4−8、8−12(時)の当直があるが、機関長で乗務すると当直はない。
だから、古い船は世話がやけるかもしれないが、何事もなく運航されている比較的新しい船の機関長はヒマなのである。客船の機関長、空調とか給水の責任者でもあるので気が抜けない。
このくらいの船になると、Vice Chief Engineer とか Deputy Chief Engineer を乗せていることもある。
シャッフルボードをしていたサンデッキから左舷後方を見たところである。 従来型の客船では、船尾側に広い暴露甲板を設け、遊泳用のプールを設置してリドデッキと称しているものがある。
私は、水平線に向けて延びる航跡を眺められる後方視野の広いこの船尾型のリドデッキの方が好きである。最近のクルーズ船では、最上層デッキにプールを設け、このデッキをリドデッキ、そこにあるカフェテリアをリドビュッフェなどと呼んでいることが多い。
そのときは、デッキ後端は風が当たらないのでデッキチェアで甲羅干しをしたり、昼寝をするのに都合がよい。
今日の昼、グランドホール、カルメンズでキャプテンの歓迎挨拶があった。 普通、乗船し出港した明くる日の昼は、乗船客を対象とする避難訓練が行われることはあるが、昼にウェルカムドリンクもなく、上着も着ていない船長の挨拶は初めての経験であった。
出航後初めてドレスコードが「フォーマル」となっていたので、ディナーの前あたりにウェルカムパーティがあるのではないかと予想していた。実にカジュアルな雰囲気である。
キャプテンのバーゴイン船長には後日、日本人乗船客にクローズネスト後方の小ホール、ヒマラヤで歓迎挨拶を受けたときに握手することが出来た。
午後、横浜から乗った日本人夫婦の金婚パーティに呼ばれた。 呼ばれた日本人は殆ど集まったようだった。
以前飛鳥のソーシャルオフィサーをしていたあやこさんがそれぞれの乗客を紹介していた。
あやこさんは飛鳥に乗る前にキュナードのQE2に乗っていたそうだが、久しぶりに会った彼女は別人のようであった。
殆ど笑顔もなく、前に会っている私などに対してもいかにも事務的な印象だった。本船では日本人コーディネータとして、船内新聞「TODAY」の翻訳(抜粋)や毎日のディナーメニューの翻訳などをしていた。
ここでは某ご夫妻やあやこさんではなくヒマラヤの部屋の雰囲気を掲載する。
ディナーの前に、ライブラリーを覗いた。 ゆったりした静かで落ち着いた雰囲気のライブラリーである。
大きな花瓶が飾ってあり、広々としている。
Dデッキ・ミドシップ・右舷側にあって、本や雑誌を見たり、手紙を書いたりするには良いスペースである。
私が訪ねたときも、2〜3人が静かに書籍を閲覧したり、額を鑑賞したりしていた。
今日もプレイハウスでは Peebles 氏のピアノ演奏が行われた。 今日はフォーマルナイトだから、聴衆もタキシードやドレスが多く艶やかである。
大ホールやステージ・映画劇場などのほかに、このプレイハウスのようなピアノの弾ける中ホールがあって、毎日ではないにしても良い演奏が聴けると言うことは有り難かった。
このクルーズで乗船前の予想以上の楽しみであった。
毎日、ディナーのあとはプロムナードデッキ後端のカルメンズではダンスタイムとなるが、今日はフォーマルだから、紳士はタキシード淑女はドレスで艶やかな雰囲気である。 リズムダンス・ルンバ・ワルツ・チャチャチャ・タンゴ・クイックと次から次へと演奏される曲に促されるように立ち上がり、レディに申し込む。
平均年齢はあまり低くはないが、昼間プロムナードデッキで、手摺りを頼りにそろそろ歩いていたレディも、フロアに立つと背中を伸ばし颯爽と歩くのに驚かされる。
男子はタキシードで何とかなるが、レディはフォーマルナイトが何回かあると同じドレスと言うわけには行かないらしい。
QE2などは、何かと理由をつけて航行日のドレスコードは殆どフォーマルと聞いたことがある。
クルーズの準備は楽しみでもあろうが、悩みも多いのであろう。
オーロラに乗る前に送られてきたアコモデーションプランを見て気がついたことがある。
ダンスフロアと書かれた円形フロアが多いのである。サンデッキの展望ラウンジ「クローズネスト」にも、リドデッキのカフェテリア「オランジェリー」にも、Dデッキの「デシベルズ」にも、プロムナードデッキではメインダンスフロア「カルメンズ」のほかにディスコ「マスカレード」にも、丸く描かれたエリアにダンスフロアと書いてあるのである。
もっとも、クローズネストや、ましてオランジェリーで踊っている人を見かけることはなかったが・・・。
男子はタキシード一式と、白のジャケットくらい持ち込めば、あとはカマーバンドや蝶ネクタイで何とかなるのは有り難い。
お洒落な紳士は毎回タキシードを換え、今日はクリーム色、明日はピンクと言う人もいるそうだが・・・
このあと、上陸まで紆余曲折があったのだが、それは第5部に譲って、これで第4部を終わることにする。