天候にも、よい乗船仲間にも恵まれて楽しく過ごすことが出来ました。
ただ、南十字星を見ようと深夜あるいは黎明に何度かサンデッキに昇ったのですが素晴らしい流星群は見たものの、南十字星には再会出来ませんでした。
遊ぶことに忙しかったのも事実ですが季節的にも多少無理があったようです。これを理由に来年クリスタル・ハーモニーでハワイから横浜まで連続9泊10日のクルーズに乗船するのは虫が良すぎるような気もするのですが・・・。
いずれ乗船報告はまとめようと思いますが何時のことになるのか判りませんので、差し当たりスナップ写真で速報させていただくことにします。
取りあえず第1集はポケットディジタルビデオの映像から船上を中心に十駒の写真を掲載します。第2集以降も順次掲載の予定です。
サンフランシスコ(27番ピア)出港直後、舳先をゴールデンゲートブリッジに向けて変針中にサンデッキから前方を望んでいます。
右舷はるかにゴールデン・ゲート・ブリッジの南側タワーが見えます。
デッキチェアには未だマットは用意されていませんが、この直後、早くも日光浴のために水着に着替えた美女が現れました。
左舷(写真の左側外)の35番ピアでは、プリンセスクルーズが出港準備中で、白い客船の船尾のデッキから手やハンカチが振られていました。
本船の右舷は、脱出不可能と言われた監獄のあったアルカトラス島が間近です。海水温が低く潮流が早いので、妙に説得力があります。
サンフランシスコの夏は噂通り寒い夏でした。
よく霧のサンフランシスコと言われるように、霧や低い雲に遮られて全容を現わすことは珍しいと言われるゴールデン・ゲート・ブリッジが良く見えました。
瀬戸大橋を見慣れている目で見ても雄大な眺めです。
サンフランシスコには、このゴールデン・ゲート・ブリッジのほかにオークランドとの間を結ぶベイ・ブリッジがあり、交通量はベイ・ブリッジの方が多いのではないかと思います。
ベイ・ブリッジは本船の後方になりますが、横浜のベイ・ブリッジと姉妹提携をしていると聞きました。
これからいよいよクルーズの始まりです。
プロムナード・デッキやリド・デッキで行き違う乗船客も、出会う度に笑顔と挨拶を交わしていました。これも船旅の良さだと思います。
「クリスタル・シンフォニー」には長崎で建造された1番船「クリスタル・ハーモニー」と同様にリドデッキに2つのプールが設けてあります。
前方暴露部にある「シーホース・プール」と、やや後寄りにある「ネプチューン・プール」です。
「クリスタル・シンフォニー」では「シーホース・プール」周辺の日光浴スペースをさらに広げています。
「ネプチューン・プール」の方は船の全幅に及ぶガラス張りのスライディング・ルーフがあり、必要に応じてエンクローズすることが出来ます。
また、このそばにはカウンタ・バーのほかアイスクリーム・バーもあります。
この写真はサンフランシスコ出港の翌日、ロサンゼルスに入港するときのもので、本船左舷のポートオブコールビレッジからは拡声器で歓迎のメッセージが送られていました。写真ではよく見えませんが前方、吊り橋(ビンセント・トーマス橋)の手前にカーニバルのクルーズ客船「Jubilee」が先に入港していました。
ロサンゼルスに寄港したとき、近くに係留され、ホテルとして余生を送っている 戦前大西洋の女王と言われた「クィーン・メリー」を表敬訪問しました。
数時間の寄港でしたが、客船ターミナルピアから乗船仲間とタクシーで往復しました。
船体・内装の保存状態は良好で、QMグッズも色々揃えてありました。
機関室の多くのゲージ類もピカピカに磨き上げられています。
しばらく業界紙を賑わせた日本(東京湾)へのチャーターの話は最近市議会で否決されました。この大きな老体を渡洋曳航することには多くの困難が予想されていたので関係者はホっとしたのではないかと思います。
写真は第3煙突左から前方を望んだものですが、写真の左端エアパイプの上に見えるのはバンジージャンプのタワー頂部です。
ロサンゼルスの#91ピアに接岸中の「クリスタル・シンフォニー」です。
今回のクルーズでは陸上あるいは海上から本船の全姿を撮影する機会に恵まれず、上屋越しの映像になりましたが船体の大きさはこれで良く判るのではないかと思います。
この横に係岸していた「ジュビリー」は、先に出港した我々が カボ・サン・ルーカスに寄港している間に南下して行きました。
ロサンゼルスを出港すると明くる日は終日航行日なのでキャプテン主催のウェルカムパーティが催されます。
昼間はカジュアルな格好で遊んでいた船客達は5時頃それぞれのキャビンに戻ってドレスやタキシードに着替えてパーティ会場にお出ましになります。
なかなか華やかなものです。
欧米人は日光浴が大好きなようです。ロサンゼルスを出港して、まだ港が見えるうちから水着に着替えてリドデッキに出てきます。
リドデッキだけでなく、サンデッキも船尾の各層にもデッキチェアにマットが用意してあるのでバスタオルを広げて老若男女とも日光浴です。
(バスタオルは毎日何回も取り替えてくれるキャビンの大小各種のタオルやシーツ類と同様、本船のランドリーで毎日新しくなります。ランドリーはシーツ数千枚の処理能力がありますが、何処の船もランドリーは中国から来た人達が担当しています。)
リドデッキでもプールで泳いだりジャグジーに浸かる人は多くありません。日本を含めアジアでは日光浴をする人はこれ程多くはないと思います。
これは彼等の祖先が北欧に住んでいた頃、太陽光が乏しくて健康維持に必要な直射日光を直感的に求めていた名残なのでしょうか?
前方に見えるオーニング付のステージでは本船の専属バンド「マニラ・ダイアモンド」が屡々演奏していました。
ブリッジの右舷に吊られたクリスタル・シンフォニーの時鐘です。
時鐘は今でこそ船のシンボルですが、往時は時報であり、緊急信号にも使われました。
当時は1日を24時間ではなく32点に分割し、その時刻になると点数叩いて時鐘にしていました。
さすがに32点などを叩く訳にも行かず、1から8回を繰り返して鳴らします。
私の時々訪ねる近くのアンティークな喫茶店は屋号を「8点鐘」としています。
時鐘には船名が刻まれており、廃船(廃艦)の時はエンサイン(船旗)と共に返納されることがあります。
従って、ミュージアムなどで戦前のNYKやOSKの客船の時鐘を見ることが出来ます。
ブリッジから船首部を見下ろした眺めです。
クリスタル・クルーズの船には船首にもジャグジーが設置されています(この写真では空槽です)。
ここで日光浴をしていたり、チーフオフィサーズプラットホーム(入出港時にチーフオフィサーが此処で投錨や係留の作業を指揮するためこう呼ばれています)で前方に広がる大洋の眺めを楽しんでいるのは非番の乗組員達です。
面白いのは予備の主錨とプロペラブレードです。
中心線上、ジャグジーの直前に置いてある白塗りの錨が予備主錨で、その左右の架台にボルトで取り付けてあるのが推進器翼(プロペラブレード)です。
従来プロペラは黄銅系の合金で一体鋳造されたものが多かったのですが、微妙な操船に対応するためプロペラ翼の迎角を随時調整出来る組立式の可変ピッチプロペラが採用されるとプロペラ一式を予備として搭載しておく必要はなくなり、ブレードを念のため2枚持って歩いているのです。
ロサンゼルスを出港して最初の寄港地はメキシコ領の長いカリフォルニア半島(バハ・カリフォルニア)の先端 カボ・サン・ルーカス(サン・ルーカス岬)です。
写真はショア・エキスカーションで立ち寄った、眺めのよいリゾート・レストラン?から本船を望んだものです。
ちょうどこの時、ロサンゼルスで一緒になった「ジュビリー」が後を追って来てファンネルに特徴のあるプロフィールを見せた直後、南に変針して行きました。
写真も撮ったのですがズームを一杯伸ばしても遠すぎて「ボツ」にしました。
クリスタル・シンフォニーのファンネルの上に見えるのはご当地でよく見るパラセーリングです。写真の右に、これを曳航しているモーターボートのウェーキ(航跡)が見えます。
観光ガイドブックで有名なフィニステーラ(地の果て)と言う名のリゾートホテルは写真の左の丘の向こう側(太平洋側)です。
クリスタル・シンフォニーのリドデッキ前端にある展望ラウンジ「パームコート」です。
一番船クリスタル・ハーモニーと同じ名前の展望ラウンジですが、評判が良かったので更に広くなっています。
その結果、ダンスには手狭なメインフロアのほか、バーカウンターの前のフロアもダンスフロアとなっていました。
この写真はエージェントが我々のために用意してくれたプライベートパーティの始まる前に撮ったもので右舷後方から船首方向を見ています。
写真中央やや左寄りに金色のブロンズ像がありますが飛鳥にも同じ作者のブロンズ像「クリスマスイブ」があり、NYKグループ共通のイメージを感じさせます。