はじめに
リドデッキ
(以下、順次掲載予定)
- はじめに
- 客船には乗客のキャビンのほか、多くの公室が用意されている。ダイニングルーム、グランドホール、クラブやバーライブラリーや美容室、診療所まで様々な施設がある。日本のクルーズ船では茶会やカルタ会などの出来る和室、展望大浴場、寿司カウンタなどを用意しているものもある。外国船ではカジノや射撃のための設備を有する船も珍しくない。売店やフォトショップ、セルフランドリーなどからギムナジウム、フィットネスクラブ、マッサージ室なども開設されそれぞれのインストラクターも乗船している。
ここでは、このような様々な施設のうち幾つかを紹介する。最初に リドデッキ を取り上げる。
リドデッキ
リドデッキはプロムナードデッキとともに最も客船らしい場所である。船尾寄りの広々とした暴露甲板に大きなパラソル付のテーブルやデッキチェアがあり、プールの側にシャワーとジャグジーが設置されている場合が多い。リドとは、もともとベニスなど海沿いの別荘のプライベートビーチあるいはプールを指すものであった。大型客船にリド、即ちプールが設置されたのはそれ程旧い昔ではない。欧米人は我々日本人のように毎日風呂に入る習慣はない様である。ファイブスター級の船でも全室にバスが設置されているとは限らない。汗をかいてサッパリしたければシャワーを使うのである。それでも長い航海では船客に対するサービスとしてウェルデッキなどにキャンバスで作った大きな容器に水を入れ特設プールとすることも行われていた。蔵書の中には、一層上のデッキから仮設された垂直梯子で船客らしい人がこのプールに入る写真が掲載されている。
本格的リドを設けた船として有名なのはイタリア・ラインの「Rex」である。水を抜いた状態の写真で見るとこのプールは意外に広く、長く、深い。この船ではプールの周辺に本物の砂を敷きつめたと言われている。
プールの側に設置されるジャグジーは泡の吹き出す温水プールであるが、この水(湯)は清水である。プールは海水であるからプールから上がってジャグジーで身体を暖め、シャワーで流せばよいわけである。欧米人は海水浴場でも、泳ぐわけではなく海水着で日光浴を楽しむ人が多い。健康のために紫外線を浴びているのだと聞いたことがある。リドデッキでも沢山のデッキチェアが用意されており、バスタオルは充分に用意されている。
プール近くのリドデッキにはビュッフェやバーが設置されていることも多く、ジャグジーに浸かりデッキで演奏するジャズを聞きながら飲むブランディソーダは船旅ならではのものである。
天気の良い日はリドビュッフェのカフェテリアからトレーを持ち出してリドデッキで食べるのも良い。潮風がもう一つのスパイスになるので更に食欲が増進する。昨年の暮れ、クリスマスのハウステンボスクルーズに飛鳥に乗船した時のことである。船は大阪を出港したあと小豆島の南で仮泊し、翌朝 瀬戸大橋の下を通り抜けて備後灘を因島大橋に向かっていた。船内新聞アスカデイリーによれば、この日の昼食は「うなぎ」となっていた。正午前リドデッキには「うなぎ」の幟が何本もはためいており、広い木甲板にはうなぎ屋が設営されていた。炭火の上にウナギの串からタレが落ち香ばしい匂いが食欲をそそる。リドビュッフェにはハッピを着た粋な若者が「肝吸いをどうぞ」と雰囲気を盛り上げている。穏やかに晴れた瀬戸内海でこの日のデッキランチはなかなかのものであった。最近の大型クルーズ船では最上甲板に大きなプールを配置し、ここをリドデッキと呼んでいるものがある。風が強いので周囲はガラス張りの囲壁を巡らし、プールの周りには水着の男女が日光浴をしている。見方によっては魚河岸のマグロに見えなくもない。
私はどちらかと言えば船尾の展望の利く在来型のリドデッキの方が好きである。白い航跡が水平線に向かって真っ直ぐ伸びているのを眺めながら、デッキチェアで脚を投げ出したままリドバーのカウンタに目配せして飲み物のお代わりを頼む。リドデッキは良い。
リドデッキではないが非番の乗組員にも日光浴をする暴露甲板やデッキチェアは用意されている。船によってはジャグジーもクルーのためのバーカウンタや売店も常設されている。
客船のプールは暴露甲板にあるとは限らない。暴露甲板にあっても天候によってマグロドームなどと呼ぶスライディングルーフでカバーする事の出来る全天候型のものあるし、船底近くに室内プールを設けている船もある。
プロムナードデッキ
プロムナードデッキには遊歩甲板と言う古い呼称がある。ちなみに「甲板」は辞書・字引を見ると「かんぱん」とルビが振ってある。ワープロでも「かんぱん」と入力して変換すると「甲板」になる。しかしながら、造船用語では「こうはん」である。プロムナードデッキは「ゆうほこうはん」と読むのが正しい。
余談ながら、海軍士官で働き盛りの元気の良い「大尉」と言う階級があった。自衛隊では「士官」でなく「幹部」で、「大尉」ではなく「一等海尉」と呼ばれるようである。これを正しく「だいい」と発音する人は少ない。陸軍では「大尉」「大佐」は「たいい」「たいさ」であるが、海軍では「だいい」「だいさ」なのである。「大将」は陸軍と同様「たいしょう」と発音する。閑話休題、話をプロムナードデッキに戻そう。
船体の全通甲板のうち、最上層の甲板の舷側部でキャビンや公室などのあるデッキハウスと呼ばれる上部構造物の周辺のデッキである。
出港の際は、ここで見送りの人とテープを交わし、最近のクルーズ船ではセイルアウェイパーティと称して銅鑼を聞きながら歌ったり踊ったりしてシャンパンで出港を祝う場所でもある。
24時間以上の航海であれば国際条約で定められた避難訓練が行われるが、その場所もプロムナードデッキとなることが多い。
航行中は、このデッキをデッキシューズで何周もジョギングする人を見掛ける。朝から食べたり飲んだりして様々なイベントで遊んでいては夕食が美味しく戴けないし第一、下船するまでに太ってしまう。フィットネスセンターでエアロビクスなどで汗を流している人もダンスのレッスンをする人もいるが、やはりプロムナードデッキをジョギングする人は多い。人の流れをスムーズにするために周回方向が矢印で示してあり、早朝や夜更けには走らないようにと注意書きも見える。
飛鳥のプロムナードデッキは良い。写真に見るようにデッキの幅は贅沢にとってあり、ビルマ(ミャンマー)産のチーク材を張りつめている。プロムナードデッキはリドデッキの一層下になるが、船首部・船尾部で両舷に渡っており、完全に全通周回型となっている。このデッキには橙色に塗られたライフブイや、海面に投下されたらガスで膨張するライフラフト、乗船下船の時に用いる引込式階段も設置されている。
このデッキの周囲に高さ1メートル余りの柵が巡らされている。支柱は白ペンキで塗られており、手摺りの木部は常に光沢で輝いている。我々が食事をしたり、お茶を楽しんだり、イベントに興じたりしている間に甲板部の乗組員達が風で絡まったテープを取り除いたり、塗装の剥離をペンキで補修したり、潮風に晒されてすぐ塩をふくハンドレールを磨いているのである。
私事ながら、妻は飛鳥が好きであった。何時だったか、午後の散歩のあとプロムナードデッキで手摺りにもたれてうたた寝をしていたのを思い出した。実に幸せそうであった。
船によっては、このプロムナードデッキが全通しておらず端部で行き止まりになっている船もある。最近のクルーズ船のプロムナードデッキは解放型が多いが、かつての北大西洋航路の定期客船では冬場の時化の中でも高速航走するため、エンクローズ型プロムナードデッキが標準のようになっていた。