「被漏失的郷土史與周明徳の足跡」
先日、孫 秀子さん、呉 信裕さん経由、標記の冊子が郵送されてきた。
秀子さんが三芝雙蓮安養中心に、周明徳さんを訪ねたときにわざわざお願いして戴いたものを送ってくれたものである。
周明徳さんは、これまでにも中文、英文、日本文で台湾の郷土史(大部分は淡水に関するもの)を執筆して来られたが、九十歳になった今年も書きためてあった原稿からまた冊子をまとめられたのである。
1996年に淡水国民学校創立百周年記念に選出された、卒業生五名のうち杜聡明博士、李登輝総統に次いで第三位(李登輝博士とは淡水中学校の同級生であった)の気象技官であった。
何度も読み返されたのであろう、訂正や補足のため別紙が添付されているほか米国の国会図書館収蔵文書のコピーには朱ペンで註記も入っている。
有り難いことである。
今月初旬には楊芝琳さんから、本人やお父さんの沢山の鮮明な写真を編集して音声(歌)までつけたものを送って貰った。
そのころボストンの鄭宏銘博士からも、新作映画「KANO」の予告編を添付した電子メールを頂戴した。
私はお世話になってばかりなのに、皆さんからこんなによくして貰えるのは父母や祖母が淡水街の皆さんと親しくして戴いたからであろう。
ちなみに今日、3月24日は父、研一の102回目の誕生日である。