昨年7月11日に掲載した『施合發専用木材運搬船「大観丸」』にHさんからコメントを貰った。
周明徳氏の私家本「続・夕日無限好」によれば植松木材店が淡水の木材工場を施1910年代に施坤山に譲渡したとある。
おそらく淡水河の水深が浅く、堆積砂で大きな中洲も出来ており、事業の展開が見込めなかったからではないだろうか?
Hさんは、その植松木材店経営者のお孫さんという。
一昨年、別のブログ「紺碧の海」(https://www.shipboard.info/blog/)でKさんと知り合い、昨年11月には「淡水」ブログでYさんから連絡を貰った。
そして、昨年の淡水会の少し前にIさんからメールを貰い、Kさん共々明石で逢うことが出来た。
そのKさんもIさんも淡水の木材工場に縁のある方なので、これも何かのご縁と喜んでいる。
見出しの写真は当時の淡水駅で、背景に木材工場への引き込み線が見え、その向こうは木材置き場と製材工場である。