周氏の私家本「續・夕日無限好」の第一項は淡水中学校の有坂一世校長である。
図版27葉を含めて小さい字でびっしり26ページにわたって、有坂校長の人となりや功績が記載されている。
その項の末尾近くに同校長が1970年に訪台したときの記念写真が載っている。
そこに李樹林医師の名前があった。
写真に主要人物の註が載っているが、そのなかで李樹林医師のところにのみ「有坂校長と懇意な仲」と記されている。
実は幼い頃、とてもお世話になった先生である。
両親の書き残してくれた『轍の跡:第一編:紀夫生い立ちの記(誕生より大学入学まで)』の最初のページに
「何しろ大事にし過ぎたせいか、胃腸が弱くよく医師の李樹林の厄介になったものである。」
とある。
そのページに出てくる氏名は
誕生に居合わせた者:廣川研一、原田ユク、山本保
産婆: 市川ヲコ
母: 廣川時子
医師: 李樹林
資生堂: 広瀬 信
同僚教師: 小栗兄弟
淡水公学校長夫人: 松田サト
の方々である。
1970年と言えば私が生まれてから30年経過しているが写真に写っている李樹林先生は半袖の開襟シャツで若々しい。