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公会堂(5) 淡水稲荷社

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臺灣總督府社會課の編集した「臺灣に於ける神社及宗教」によると、1906(明治39)年11月15日、臺北州淡水郡淡水街淡水字砲臺埔二八番地ノ一に淡水稲荷社が鎮座したという。
写真の背景に稲荷神社らしい鳥居が幾つか見える。

1930(昭和5)年4月に祖母が淡水街嘱託となって、1941(昭和16)年5月に退職するまで公会堂の管理を行いながらそこで料理や仕出しの営業を行っていたが、父のメモによると砲臺埔三八番地となっている。
私はここで生まれたのであるが、戸籍抄本によると臺北州淡水郡淡水街淡水字新店三七番地で生まれたことになっている。
(ちなみに、引き揚げ直前の住所は淡水街烽火十四となっている)

この稲荷神社に関しては洋館の裏にあったからか記憶にない。

なお、写真の左に立っているのが娘時代の母であり、祖母は右前に腰掛けている。
その間の家族は山口県岩国から台湾に来ていた山本忠治氏の一家である。

コメント (1)

台湾に建立された神社の研究・調査をしている金子です。初めて、淡水稲荷社の写真を見て感激しました。
現在の場所は淡水鎮立図書館東側一帯であり、住宅地になっているようです。近い将来この場所を見に行く予定をしています。

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2011年02月01日 15:23に投稿されたエントリーのページです。

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