2007年11月28日
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丁亥関門紀行(5) 門司へ
ホテルの部屋の真下にある桟橋から門司に向かうことにした。
門司からは沢山の乗客を乗せて来たが、下り便はゆったりと乗れた。
門司港桟橋には海峡を通って大きな高速艇が乗客を満載して接岸したばかりであった。
沖には油圧制御で乗客キャビンを揺れから防ぐ「ボイジャー」が通過するのが見えた。
この船の開発には昭和59年度日本財団の技術開発基金が交付されている。
同じ年度に同基金で半潜水式海洋構造物の操作支援装置を開発したことを思い出した。
関門橋を背景にボイジャーをトリミングしたが手前の障害でよく判らない写真になった。
これが我々の直前に接岸した高速船「シーマックス」である。
伊予から来たのであろうか?
横断歩道を渡れば門司港駅である。
建設された当時は鹿児島本線の起点駅、門司駅で山陽本線とは関門連絡船で接続されていた。
後年、下関の彦島から小倉寄りに海底トンネルが掘られたのでトンネルの出口が門司駅となり、ここは門司港駅と改名された。
駅舎の2階には貴賓待合室も設けられていたが、今でも見学できるのであろうか?
駅前の船溜まりにはハウステンボスから売船された外輪船がレストランとして営業していた。
駅に入ってみた。構内に人力車などが置いてある。
これは零哩標、九州の鉄道の起点標である。
終着駅特有の櫛の歯プラットホームに回送電車が止まっていたがすぐに入れ替えられた。
JR九州の車両は総体的にデザインがあか抜けていると思う。
始発電車に乗ったが、座席はベニアであった。
しかし、背の当たる部分と頭にはクッションが取り付けられている。
これで小倉まで行った。
新幹線の「のぞみ」でノンストップで広島に帰った。
今回も良い旅であった。
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