2011年03月17日

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飛行船四方山話(214):LZ126の試験飛行に乗船した女性

LZ126_2.jpg

[区分] 人物・乗船者

[難易度] 上級

[問題]
ツェッペリン飛行船製造社は第1次大戦の戦時賠償として、後に「ZR3:ロサンゼルス」と命名された米海軍向けに新造飛行船「LZ126」を建造しました。
この「LZ126」の試験飛行に乗船した女性は誰でしょうか?

1. グレース・ドラモンド・ヘイ
2. クララ・アダムス
3. アメリア・イアハート
4. クセニア王女

[答] 2

[解説]
新造飛行船の試験飛行に報道関係者や見学者を載せることはありません。危険を伴うことは勿論、どんな技術的課題や対策が外部に流出する可能性があるからです。
しかし、当時世界の航空界で「一番乗りのクララ」として有名であったクララ・アダムスはどうしても乗りたくて仕方がありませんでした。
クララ・アダムスは40歳も年上の合衆国の企業家に嫁いだのですが、未亡人となってからはその情熱と資産を航空へ投入しました。
彼女は「グラーフ・ツェッペリン」や「ヒンデンブルク」などの飛行船や「ドルニエDoX」、パンアメリカン航空のマーチンM130「ハワイ・クリッパー」、ボーイングB314「ディキシー・クリッパー」などの飛行艇の第1航に乗ったことは有名ですが、特記すべきは全て正規の手続きでチケットを有償で取得していることです。
しかし「LZ126:ZR3」は米海軍向けの飛行船であり就航後に乗船する機会はないと考えた彼女は親戚であるパウル・フォン・ヒンデンブルク大統領にフーゴー・エッケナー宛の紹介状を書いて貰って「LZ126」の試験飛行に乗船することが出来たのです。
ドラモンド=ヘイ女史は何度も「グラーフ・ツェッペリン」や「ヒンデンブルク」に乗船していますがハースト新聞社の特派員としての乗船でした。
クララは女流飛行家で、世界周航途中で行方不明となったイアハートとも親交がありました。
解答項目4項のクセニア王女はロシア、ロマノフ王朝の血をひくギリシャの王家に生まれ、莫大な資産を相続したウィリアム・リーズ氏のもとに嫁ぎました。リーズ氏は「グラーフ・ツェッペリン」世界周航乗船者のうち、有償で乗船した2人のうちの一人で、「ヒンデンブルク」の事故の際は同船に乗務していた士官たちに支援をしています。

写真は試験飛行でベルリン上空を飛ぶ「LZ126」です。

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