2010年12月06日
飛行船四方山話(201):「ヒンデンブルク」のピアノその後
[区分]設備・搭載物
[難易度]上級
[問題]
「LZ129:ヒンデンブルク」のAデッキ右舷のラウンジには竣工時、ブリュートナー製のピアノが設置されていました。
同船は当初ヘリウム船として計画されたのですがアメリカがヘリウムの輸出を認めず、結局水素船として完成することになります。この結果過剰な静的浮力が生じることになり、これをコンペンセートするためにピアノを載せることが決まりました。
商用飛行に就航後、贅沢さのシンボルのようであったこのピアノは、その後どうなったのでしょうか?
1.1937年5月のレークハーストの事故が起こるまでそのまま設置されていた。
2.乗船希望者が多いことに対処するため客室を増設した際に降ろされた。
3.小型飛行機や乗用車を搭載しないときには新造時同様に設置した。
4.改造時に左舷のダイニングルームに移された。
[答] 2
[解説]
いくら大きい飛行船とは言っても通常のグランドピアノでは大きいので、ピアノメーカーのブリュートナーが小型軽量のピアノを製作しました。
本体主要部には木材の代わりにアルミニュームが用いられ、外装には黄色の豚革が用いられていました。
「ヒンデンブルク」が竣工した1936年には北米に10往復、南米に7往復しています。
そして、1936年の運航を終えた12月から翌年3月までの間に客室を20(とスチュワードの部屋)をBデッキ右舷後方に増設しました。
この工事で増設されたキャビンの構造重量との兼ね合いでピアノは降ろされたようです。1937年3月16日にフランクフルトへ航行し、リオデジャネイロに直行直帰し、27日にフランクフルトに戻っています。
同年5月に1937年最初の北米紀行に出発し、レークハースト着陸直前に爆発炎上していますからそのとき船上にピアノはありませんでした。
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