2010年10月18日
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六十余年のブランクが埋まった
先月末 淡水に行ったとき当時家族で住んでいた、当時の地名で龍目井といっていたところに連れて行って貰った。
一緒に行った人が、当時私たち家族を知っていたというご婦人を見つけて同行してくれた。
台北まで車で迎えに来てくれた、昨年インターネットで知り合ったボストン在住の博士は通りの斜め向かいの家で生まれた。
博士の従姉妹にあたる人が、台北二高女に通っていたという。
終戦の前後、混乱を避けて広東省に逃れていた博士の従姉妹さんが戦後淡水に帰ってくると何もかも変わっていた。日本人の友人や隣人は引き揚げてしまっていた。
母親の妹のようにして私たちと一緒に住んでいたMさんも同じ二高女に通っていた。
それを知っていた博士から、昨日「ひょっとして二高女に通っていたKさんという人を知らないだろうか?」とメールが来た。
さっそくMさんに尋ねると「同級生でよく知っている。住所も判る。」という返事であった。
半世紀以上も前の不通であったのに、一通の電子メールと一本の電話で繋がった。
本当に世界は狭い。
これは博士はもとより、淡水の皆さん、横浜のKGさんはじめ皆さんの暖かい親切と当時を懐かしむ心がなければ実現しなかったことである。
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