2010年01月28日
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ブルーリボンの起点・終点(第3回)
北大西洋横断航路の西端はニューヨークであったが、ヨーロッパ側はいろいろな航路があった。
イギリスからはリバプールを起点とする航路が多かったがサウザンプトンを出る船もあり、フランス・イタリア・ドイツもブルーリボンを競っていたので、ルアーブルやシェルブールあるいは地中海からニューヨークに向かう船もあった。
それで各航路毎にポイントを設定し、各ポイント間の大圏距離が設定されていた。
面白いのは同じニューヨークとリバプール間であっても、東航と西航ではポイント間の距離が異なっており、東航の場合も西航の場合も北寄りの航路と南寄りの航路が距離表に載っていることである。
これは偏西風、貿易風のように定常的な風や、ガルフストリームのような海流が流れているので最も経済的で航行時間を短縮するコース選択の余地があるためである。
トム・ヒューズの「大西洋のブルーリボン」に寄れば、リバープール・ニューヨーク間には10点以上のチェックポイントがあり総航程では西航で80浬、東航では90浬近くの差があるという(西航北寄り:3044浬1/4、西航南寄り:3123浬1/4、東航北寄り:3071浬1/4、東航南寄り:3158浬1/4)。
写真は1954年に撮影されたリバプールのプリンセスドックである。
ドック内に数隻の外洋船が繋留されているが、マージー川の干満によって支障の出ないようにこのようなドックが構築されていた。
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