2009年11月08日
未来の旅客用飛行船を考える(21) 硬式飛行船とは(4)
現在、硬式飛行船を建造することは技術的には比較的容易なことである。
ルートヴィヒ・デューアの時代には、フレーム桁材に長い桁でも座屈しにくいようにアルミ合金の型材を組み合わせて三角桁を作って用いたり、ガス嚢の膜もゴールドビーターズスキンを何枚も貼り合わせたりしていたが、構造用には軽くてジュラルミンより強いチタンやカーボンファイバーを用いた複合材が実用化されている。
ガスセルの膜材にしても外被にしても、最近の高分子化学の進展は素晴らしく気密性・耐久性の良好なフィルムもある。
航法にしても、当時は考えられなかったGPSで現在位置や高度など位置情報だけでなく、ドリフトも測定可能である。
船体の僅かな傾斜も常時監視することも制御することも、ガスセル毎のガス圧やその変動も検出しコントロールすることも現行の技術で充分可能である。
硬式飛行船を運航するに当たって、一番の問題は運用・運航そのものであり、それを支える教育・訓練であると考えている。
出来上がった硬式飛行船の試験飛行を実施するのは難しいことではない。
速度や操縦特性を把握したり、長時間の耐久試験などは各種計測/記録技術の進展により往時より格段に容易になった。
問題は、定期的運航に関する事項である。
自動車にしても、舗装や交差点などのほかにガソリンスタンドなど燃料補給、点検整備拠点などが信頼できるから運転できるのである。
仮に、サハラ砂漠やシベリアの果てしなく続く湿地帯を行くとすれば相当大掛かりなコンボイを組まなければならない。
頻繁に飛んでいるジェット旅客機も、整備拠点の空港があれば飛べるというものではない。航空管制システム、航路網などシステムの完備が前提となっている。
また、車両の走る路面や、船舶の航行する海洋と違って空中では局部的な気象変動が大きい。最近では気象観測衛星や大型コンピュータによる気象シミュレーションなどにより格段に気象予報の精度が向上しているが、どの時間帯にどの地域でどの程度の雨が降り風が吹くかは都府県規模でしか予測できないのが現状である。
洋上における風向は障害物がないために天気図の気圧分布をみれば予測がつくが、陸上では山岳など地形によるものの他、高層ビルなど建造物の影響も大きく、都市部ではコンクリートや鋼製の大規模構造物が日照で高温となるための上昇気流もある。
郊外でも特に地表近くの低高度ではかなり局地的に上昇気流、下降気流が分布していることが明らかになっている。
このため、風圧面積が大きく、気温の変動にも敏感な飛行船は常時当直の状態監視と素早い対応が不可欠である。
一部では「飛行船の自動操縦」とか「自動制御」が取り上げられ、検討されているようであるが、ドーム球場やアトリウムのような風を遮った空間で小型模型であれば可能かも知れないが屋外では役にたてるとも思えない。
いまドイツや日米で行われているツェッペリンNTのような、短時間の遊覧飛行であれば天候が悪くなれば飛行中止とすればよいが、長距離の定期運航はこの程度の検討でキャンセルするわけにはいかない。
第一次大戦後、陸上の交通が麻痺していたときには、定期便の運航が中止になっても乗船券の払い戻しはしない契約であった。しかし、偶数日にフリードリッヒスハーフェンからベルリン・シュターケンに向かい、奇数日には復航という運航表はストックホルムなど両拠点以外に航行する場合を除いて殆ど運航されていた。
特に9月2日から24日までのあいだは毎日運航され、その間12回はミュンヘンに中途着陸している。
この運航における標準搭乗員数は12名であった。
運航総責任者の指令:1名、航海士(当直士官):1名、昇降舵手:1名、方向舵手:1名、通信士:1名、スチュワード:1名、それに3基のエンジンの操機手が交代要員を含めて6名で乗務していた。
航海士も昇降舵手も離陸から着陸まで6〜7時間を一人で担当するのは相当に厳しい勤務である。
ベルリン周辺は平野が広がっているが、中部ドイツには800メートルクラスの山岳が連なっており、秒速15メートル(時速54キロメートル!)の風に逆らって飛ばねばならなかった。
昇降舵手は飛行船が傾斜を始める前にそれを察知して当て舵をとり水平を維持しなければならないと言われたものである。気温の変化も直接、揚力の変動につながった。ガスセルに取り付けられた自動調整弁は外気とガス圧の差が設定値になれば水素がダクトから飛行船頂部に排出された。
この緊張の続く舵輪を、ストックホルムに行くときも交替なしで握っていなければならなかった。
「ボーデンゼー」は1919年8月20日と翌日試験飛行を行ったあと24日にはシュターケンへの定期運航を開始し、連合国側から運航禁止の指示で12月にその運航を停止するまで37往復運航された。
航行の都度、燃料・バラスト・載荷重量の確認を行い、ウェイオフのあと格納庫から引き出されて浮揚させ、エンジンを始動して目的地に向かうのである。
着陸時にも離陸時と同様、大勢のグランドクルーの支援が必要であった。
この「ボーデンゼー」の建造と運航、それに賠償飛行船「LZ126:ZRⅢ」の移送により、長距離旅客定期運航の要領を確立したものと思われる。
飛行船は、航洋船舶や飛行機のように「定常飛行は自動操縦」と言うわけにはいかないのである。
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