2009年11月06日
未来の旅客用飛行船を考える(20) 硬式飛行船とは(3)
所詮、飛行船は推進力のついた気球なのであるから、合衆国などでは飛行船の操縦免許取得には気球乗りとしての資格が前提となっていると聞く。
しかし、飛行船を理解するためにもう少し水上船舶の例をひいて話を進めることにする。構造強度の話である。
船舶も航空機も、流体に浮かぶ構造物であり、船体あるいは機体の強度と、そのために投入できる構造重量とのあいだには兼ね合いが必要になる。
これは陸上の構造物についても当てはまる。
どれほど激しい地震や、竜巻にも耐えられる建築物など信じることが出来ない。
それでこれまでに記録されている地震や気象・海象の事例を調査した上で、例えば百年に一度の地震や暴風を想定して、それに経験上ある程度の安全率を勘案した上で構造物の強度設計が展開される。
しかし、このような自然災害はいつ起きるか判らない。百年に一度の激しい地震に耐えられると言ったところで、その規模の地震が百年来ないと誰にも保証することは出来ず、運が悪ければ1年未満で瓦礫となる可能性もあるのである。
1912年に竣工したホワイト・スター社の客船「タイタニック」は不沈船と言われていたが、処女航海で1500名もの犠牲者を巻き添えにして沈んでしまった。
近年でも、大型新造船の海難事故は発生している。
1969年1月5日に、就航後4年にも満たない総トン数33800トン、載荷重量54000トンの大型撒積貨物船「ぼりばあ丸」が東京湾を目前にした野島崎沖で船体が折損し、船長以下31名が行方不明となる事故があった。
そして翌年の冬2月10日に、同じ野島崎沖で大型鉱石運搬船(総トン数34000トン、載荷重量56000トン)が沈没し、船長を含む数名の犠牲者を出すに至り、波浪外力の究明を目的とする数年間にわたる国家プロジェクトが実施されている。
数万トンの鋼材を用いた航洋船舶でもこんな状態であり、絶対に壊れない航空機や墜落しない飛行機など考えること自体、非常識なのである。
しかし、船舶も航空機も航行の安全性をめざして開発され続けられなければならない。
ここに導入されたのが、今までに無事に就航してきた船舶や航空機と同等以上の全体強度、局部強度を持たせる考え方である。
「経験工学」と言われる所以である。
全体強度としては直進飛行や旋回中に航行時に受ける外力、浮揚時や繋留時に船体に働く力を、それから降着装置やエンジンゴンドラなど局部強度のほかに、異種材料接合部などでは繰り返し荷重による疲労強度も考慮しておかなくてはならない。
ツェッペリン飛行船製造社の建造した長距離旅客用飛行船は「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」、「LZ129:ヒンデンブルク」、「LZ130:グラーフ・ツェッペリン(Ⅱ)」に賠償飛行船「LZ126:ZRⅢ」を含めても実際に建造されたのは4隻しかない。
しかし、第一次大戦中に就役した数多くの軍用飛行船の、運航実績やトラブルがその操船要領やその気象条件とともに新造飛行船の構造や艤装、それに運用マニュアルに反映された。
構造物に限らず、理想的な最適設計とはどの部分もほぼ同じ耐久力を保持するような状態であると考えても良い。
即ち、何処かが強度の限界に達して機能を失うときは、他の部分もほぼ同じように寿命を全うする状態である。
何処かが限界に達しているのに、ほかの何処かがまだその10倍もの余裕を持つ状態というのはそこの部分が過剰に強いと言うことである。
もちろん、構造物には重要な部分とそうでない部分がある。充分な安全率を持たせるべき個所と、その部分が損傷しても全体のシステムとしての機能を維持できる部分がある。
従ってここに述べた議論は部材毎、構造毎に重要度を考慮した上での話である。
その意味で、100隻のツェッペリン飛行船が軍用として就役したことは硬式飛行船の構造最適化の重要なバックデータとなったのである。
構造の具体的設計については後に機会に検討することにして、外観上の形状に触れておこう。
流体力学的な見地から、両端を整形した円筒形よりも流線型の方が推進性能上有利なことは、風洞実験その他の研究により知られていた。
しかし、建造用格納庫の制約で第一次大戦末期まで最適な流線型の飛行船が建造出来なかったのである。
硬式飛行船を建造する場合、形状の基準となるリングを建造用格納庫の床や支柱を利用して組み立てる必要があった。
しかし、建造用格納庫の建設には費用もさることながら基礎工事から建屋を建設するための期間が必要で、飛行船を連続建造しているときに新たな格納庫を建設するために割ける資材も工数もなかったのである。
その結果、建造される飛行船の容量は4年間で4倍にもなり、建造用格納庫の内容積一杯になった。理想的な流線型の飛行船を建造するに必要な格納庫には幅も高さも足りなかったのである。
パウル・ヤライが原案を作成した、初めての理想的な流線型飛行船は、容量がその当時建造されていた飛行船の3分の1であったために既存の格納庫で建造できたのであった。
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