2009年11月04日
未来の旅客用飛行船を考える(18) 硬式飛行船とは(1)
飛行船は浮揚ガスの浮力で空中に浮かんでおり、飛行機のように動的揚力を必要としないため浮かんでいることにエネルギーを消費する必要がない。
必要なエネルギーは移動することだけに利用することが出来る点にある。
試算によれば飛行機に必要なエネルギーの16分の1であるという。
このような試算は、前提条件によって大きく異なるから、一般的にこのような比較を行うことは出来ないが、その比はさらに大きいと考える向きもある。
副次的に、特に旅客輸送の場合、洋上船舶のような乗り物酔いがない点が挙げられる。
飛行船は外気と浮揚ガスの比重を利用する交通運輸機関であり、大きければ大きいほどそのメリットが増大し、小さなものではそのメリットを有効に引き出せない。
(貨物輸送に飛行船を応用しようとした計画もあった。あのプロジェクトが実現出来なかった原因はプロジェクトの進め方にあったと言われている。)
しかし、そのために体積が大きくなり、正面、側面とも風圧面積が大きく、荒天時に帆船の帆のように縮小することも出来ないことが大きなハンディキャップとなる。
このため推進抵抗は大きくなり、速度を出すことが難しいだけでなく、水上船舶に較べて偏流が大きく操船や航法に細心の注意が要求される。
飛行船は常に天候を予測し、対策をたてることが最大のポイントであった。
高気圧領域から、低気圧領域に吹く貿易風や偏西風のような定常的な風をうまく利用できれば燃料を節約し、速度も獲得することが出来るが、強い向かい風に向かって航行する場合はエンジン出力を上げても、対地速度は僅かに留まることもある。
エッケナー博士やザムト船長のような優秀な飛行船乗りは気象学に精通していることが基本的な要件であった。
エッケナー博士は飛行船船長資格を取得して、本格的に気象学を極めたが、彼は若い頃ヨットマンとしてバルト海で帆走を経験しており、この分野に縁がなかったわけではない。レンパーツ博士の場合は、逆に気象学者であった人物が飛行船にかかわるようになって船長資格を取得したケースである。
中高度では風が比較的安定していると言われるが、地表に近い低高度では局部的に上昇気流や下降気流があり、雲を見て、航行しようとする高度の風向、風速を読み、先を見越して運航する必要がある。
昇降舵手には飛行船がトリム(前後方向の傾斜)が変動するより前に昇降舵を操作し、その動きを事前に押さえ込む感覚的な能力が要求される。
常に把握しておかなくてはならないのは左右や上下の気流だけではない。
気温の変化も操船に対する影響は大きい。
空気の密度は気温によっても変化する。
気温変化5℃につき、空気の密度は1立方メートルあたり20〜23グラム変動するので容量20万立方メートルの「ヒンデンブルク」の場合、4トン以上浮力が変動することになる。
1942年10月12日の早朝、賠償飛行船「LZ126:ZRⅢ」をアメリカに移送するために浮揚させようとしたが、気温が上昇し、朝霧が立ちバラスト水や燃料まで投棄しても浮揚できずに、多くの報道陣が詰めかけていたが出発を翌日に延期した。
「グラーフ・ツェッペリン」の世界一周時には、ハンブルク気象台のザイルコフ博士に同行を依頼しており、ソビエト・ロシア政府代表のカルクリン氏も地理学者とか気象学者とか言われている。
世界一周で最も危険な状態はロサンゼルス離陸のときであった。
霞ヶ浦を飛び立った「グラーフ・ツェッペリン」は日付変更線を西から東に跨いだために1929年8月24日を2度経験し、8月25日の16時半にサンフランシスコに到達した。
しかし、ここには格納庫も繋留柱もなかったためにその夜、ロッキー山脈に沿って南下し、米海軍当局と午前5時以前には着陸しないと申し合わせていたので夜の明けるのを微速旋回しながら待って着陸を試みた。
高度500メートルで航行していた飛行船のガス温は25℃であったが、地表は冷却されて19℃しかなかった。
このため、地表の冷気層に降りると飛行船は1.8トンも軽くなってしまった。
エッケナー博士は10万立方メートルのガス温が大気温に馴染むまで周回して待とうかとも思ったが、それには非常に長時間を要する。
このため、グランドクルーの手が繋留索に届くまで、更に1000立方メートルもの浮揚ガスを手動弁で排出せざるを得なかったのである。
この事態は事前に予測されていなかったので、それほど大量の水素ガスをロサンゼルスで充填する準備はなかった。
このために、世界一周飛行の目的地レークハーストに向けて飛び立つことが出来ず、数名の乗組員を下船させ、大陸横断鉄道でニュージャージーに向かわせなければならなかった。
このときの離陸はエッケナー博士が指揮を取ったが、浮力不足の飛行船は高圧電線を曲芸のように乗り越えたと伝えられている。
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