2009年08月24日

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1930年前後に建造された客船・貨客船

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北ドイツロイド(NDL)の大西洋航路向け客船「ブレーメン(1929年竣工)」とその姉妹船「オイローパ(1930年竣工)」が建造されたころ、日本郵船(NYK)のサンフランシスコ航路用に長崎で「浅間丸(1929年竣工)」、「龍田丸(1930年竣工)」、横浜で「秩父丸(のちの鎌倉丸:1930年竣工)」の姉妹船が建造されていた。
NYKでは、この時期にシアトル航路用に「氷川丸(横浜建造:1930年)」、「日枝丸(横浜建造:1930年)」、「平安丸(大阪建造:1930年)」も新造していた。

商船の設計が運航目的・就航海域の海象などによって異なり、姉妹船・同型船と言っても細部において異なるのは艦艇と同様である。

浅間丸(三菱長崎造船所第450番船)と龍田丸(同所第451番船)の内装は異なるものの、外観は見分けるのが困難なほどよく似ていた。
ただ、プロムナードデッキ後端の角窓は、浅間丸が3つであったのに、龍田丸では2つであったことでかろうじて識別できた。

世界を舞台に活躍した船舶は、商船に限定してもあまりも数が多く、調べ尽くし書ききれるものではない。

従って両大戦間の、束の間であった時代に運航されていた船舶を、特にインテリア、居住空間から振り返って見ようと思う。

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これは横浜の山下公園に繋留されている氷川丸のAデッキ(プロムナードデッキ)にある一等社交室である。


氷川丸はシアトル航路の貨客船で、外国の船会社と競合するわけでもなく、特別豪華な内装ではなかったが、一等社交室や一等食堂などはパリのマーク・シモン社が設計した当時の近代フランス様式でまとめられている。

二等クラスの公室は、ルイ16世風(食堂)、アダム風(ラウンジ)、スペイン風(喫煙室)などでまとめられている。

特別客室は川島甚兵衛が設計し、その壁は古代錦で飾られている。

内装といえば、カラースキームというものがある。

日本語に直訳すれば「色彩計画」であるが、客船のカラースキームとは「室内意匠計画着色透視図」ともいうべきもので、造船所から内外の装飾会社や著名なデザイナーに委託されていた。

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手許に、国内大手造船所が昭和61年に保存されていたカラースキームを編纂し、解説を加えた『豪華客船インテリア画集』がある。

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B4版の同書の外箱には舵輪のなかに、建造中に海軍に徴用され空母「隼鷹」となったサンフランシスコ航路客船「橿原丸」の一等ラウンジおカラースキームが印刷されている。
(ブログのカテゴリが少し増えすぎたので、同じ時期に建造された「ブレーメンとオイローパ」に入れておくことにした)

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