2009年07月11日
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シコルスキーS42B(切手:15)
前回と同じシリーズの切手である。
水彩画で描かれている飛行船はシコルスキーS42Bである。
イゴール・イワノヴィッチ・シコルスキーはロシアで「イリヤ・ムロウメッツ」などの旅客機を開発した技術者であるが、ロシア革命の難を逃れてアメリカに亡命した。
彼の設立したシコルスキー社は、S38、S40、S42、S43などの飛行艇を製作していたが、S51以降のヘリコプタ・メーカーとして知られている。
S42はパンアメリカ航空が太平洋路線用に大型飛行艇が必要になりその要求仕様書に応じて設計された大型飛行艇で、このときマーチンはM130を開発した。
旅客定員は座席で最大32席、寝台にすると14席であったが載荷重量、航続距離とも不足気味で3艇で生産を打ち切り、長距離型のS42A、S42Bに切り替えている。
パンアメリカンはシコルスキーとともにマーチンM130も採用したが、同社は飛行艇の固有艇名にアメリカン・クリッパー、チャイナ・クリッパーなどを付けたためにアメリカでは「クリッパー」が飛行艇の代名詞のようになっていた。
この切手には「1937年6月18日にニューヨークから飛来して繋留中の状況」と解説されている。
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