2009年01月04日
飛行船四方山話(60): アフリカ船と呼ばれた飛行船
独領東アフリカ支援に向かった飛行船の話・・。
[区分] 軍事・作戦
[級] 中級
[問題]
第一次大戦中、イギリス軍と交戦中の独領東アフリカに弾薬や医療品補給のために海軍飛行船が派遣されたのですが、それはどの飛行船でしょうか?
1. L57(LZ102)
2. L58(LZ105)
3. L59(LZ104)
4. L70(LZ112)
[答] 3
[解説]
ドイツは、欧州各国の植民地獲得競争にまきこまれて、アフリカ・青島・中部太平洋諸島に植民地などを持っていましたが、いまタンザニアと呼ぶあたりに独領東アフリカがありました。
そこではレトウ・フォアベックの指揮するドイツ軍がイギリスと交戦中であったのですが、弾薬も医療品も不足していました。
そこで要請によって飛行船で補給作戦を行うことになり、フリードリッヒスハーフェンで建造中であった海軍のw型飛行船L57(ツェッペリン製造番号:LZ102、初飛行:1917年9月26日)を改装してこれに充てようとしましたが10月8日に試験試行の着陸時に暴風のため損傷し、解体されました。
このためシュターケンで建造していたL59(製造番号:LZ104)に同様の改装を施して、ユッターボックで試験飛行を行った後、ブルガリアのヤンボル基地に移送し、そこで救援物資を搭載して1917年11月21日にアフリカに飛び立ちました。
トルコ上空から夜間地中海を横断し、アレクサンドリアの西でアフリカ大陸に渡り、サハラ上空で22日の朝を迎え、終日南下してその夜ナイル上流に達しています。
しかしカーツーム(ハルツーム)の西に到達したとき、フォアベック軍は降伏してしまいました。やむなく夜間砂漠上で回頭し、日中飛び続けて23日の夕刻地中海に出ています。
エーゲ海で24日の朝を迎え、小アジア半島を横切ってその夜ヤンボル基地に帰投しました。
この間の飛行時間は95時間、距離は6750kmでした。
このアフリカ飛行は有名な話なのですが、我が国で刊行されている本のなかには、この飛行をエッケナー博士が指揮したとか、着陸して医薬品、銃兵器、弾薬、野戦用無線機などを補給したと見てきたような記述をしているものもあります。
どこに着陸したのでしょうか?
L58(LZ105)はL57、L59を長距離補給用に改造する原型で長さが15mほど短い飛行船ですがアールホルンで爆発しています。
L70(LZ112)は最新式の海軍飛行船でしたが、終戦の僅か3ヶ月前、飛行船隊司令のシュトラッサー中佐が乗船してイギリス海岸で飛行機に撃墜されています。
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