2007年07月01日
(飛行船:373) エッケナー博士とツェッペリン飛行船(29)
(飛行中の作業状況: Brigitte Kazenwadel-Drews著 "Zeppelin erobern die Welt" )
(クヌート・エッケナー:H.G.Dick&D.H.Robinson著"Graf Zeppelin & Hindenburg")
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グラーフ・ツェッペリンの最初の飛行(9)
私は乗客に、ことの重大性を隠さず、すべてを説明し、彼らは静かに落ち着いて成り行きを見守ってくれた。
「最悪の場合でも、駆逐艦が拾い上げてくれるが、私は被害を限定したい。補修要員はすでに、大変な仕事に掛かっている。」
補修班は、幸いにも尾翼の第三帆布カバーと呼ばれる前部区画が損傷なしに残っていて、上部カバーは充分保持されていることを確認していた。
最初に行わなければならないのは、昇降舵の動きを邪魔しないように、ばたついている破れを取り除くことであり、次いで残った部分を保護するための補強である。
これは易しい仕事ではなく、危険も伴うことであった。
飛行船自体が前進しているので、時速72〜90kmの後流のなかで作業しなければならなかったからである。
速度をそれより下げることは出来なかった。
雨に濡れて、その重さが通常の角度以下に押し下げていたからである。
スローダウンするや否や飛行船は沈下し、再びその高度まで持ち上げるには増速せねばならなかった。
減速している間に作業できるように、船速を上げたり下げたりすることは非常にいやで、やりたくないことであった。
このように、我々は白波の立つ海上で、500mと1000mの間を常に高度を変えながら飛んでいたのである。
しかし、何とか仕事は進んでいた。
1時間半の間に緊急手当を終え、40〜45ノット(時速74〜83km)で尾翼に過大な力を掛けずに前進することが出来るようになった。
その後、3〜4時間でなんとか仕事を終えたが、驟雨が再び襲ってこなかったから出来たことであった。
強い後流に吹きさらされながら、垂直尾翼のフレームによじ登り、激しく揺れるなかで登ったり降りたりした、志願して仕事に当たってくれた人は最高の表彰に値する。
その中で主だったのは、エッケナー、ラドヴィック、ザムトの各操舵手と、何時もフレーム骨格をリスのように登ってガス嚢をチェックしているガス嚢主任のクノールであった。
私の息子がこの志願者のなかにいたことを親として誇りに思うことを認めねばならない。
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[註]クヌート・エッケナー
エッケナー博士の子息で、この渡洋飛行のほか世界周航など「グラーフ・ツェッペリン」の主要な飛行には昇降舵手として乗務した。
彼は工学士を取得したエンジニアで、後日飛行船製造社の技術部門において、製造・組み立て・搭載などの責任者として重責を果たしていた。
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