2006年06月26日

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(飛行船:54) 『超大型旅客用飛行船の黄金時代』 序:ナチとエッケナー博士(1)

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時は1936年3月26日、場所は南ドイツのフリードリッヒスハーフェンのことである。

遡ること3年あまり、アドルフ・ヒットラーはドイツの首相であり総統であった。

彼と彼の信奉者達は、ドイツ国民をあきらめと堕落の底から20年近く経験したことのない誇りと繁栄をもたらしていた。

世界大戦で打ちひしがれた恥と屈辱は追いやられ、悪名の高いベルサイユ条約で犯罪と決めつけられた彼等の戦いを正当化する風潮が現れていた。

フリードリッヒ大王や、ブルッヒャー、モルトケのドイツ軍を誇り高く感情的に認める空気が当たり前のように駆けめぐっていた。

ドイツ人は、その罪を購う生け贄を求めていた。

ヒットラーは人々にユダヤ人や、暴利をむさぼる商人や、社会民主主義者や、コンピエーニュ休戦を画策した11月の犯罪に裏切られたと語った。

彼の将来計画は、その著書「わが闘争」で述べているように国内のこれらの敵を抹殺することであり、1933年半端までにブヒェンバルト、ダッハウ、マウトハウゼンの強制収容所に収容した。
そこでの実状は1945年まで世間に知らされることはなかった。

新政府は必要に応じて恐怖と脅迫による立法を実施した。
ヒットラーとナチが如何に無法であったかは1934年6月30日の「長いナイフの夜」で暴かれた。
この事件では数百人の人々が恐ろしいゲシュタポによって殺されている。

しかし、殆どのドイツ人は消極的でこのような事件に無関心であった。

そして全ての人に仕事があてがわれた。

多くの人は制服を着てパレードに出たり、武装集団を構成したり、ベルサイユ条約に異を唱えたりすることが出来たし、また そうした。

かつて皇帝のもとで誇りと強さを喜んだ感覚を取り戻していた。

しかしヒットラーは、ただドイツ人を喜ばすためにドイツの軍備を拡大したのではなかった。
彼は1919年に敵に没収された領土を取り戻すことを長期計画に組み込んでいた。

結局、彼の共産主義に対する猛烈な憎しみは行動目標をロシアに向けた。

最終目標は世界征服であった。

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挿し絵は、著者 Harold G.Dick が撮影したフリードリッヒスハーフェンの1935年メーデーパレードにおける "SA" の行進である。
"SA" とは「突撃隊」(Sturmabteilung) のことで茶色のシャツが目印であった。

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