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1.6 事例検討(2)−客船の深さの変遷−

 事例の検討に当たり、客船の「高さ係数」と言う係数を定義し、これで最近のクルーズ船の特徴の一端を述べて見たい。本章2節で異なる単位で現されたもの同士を比較する際に無次元化が便利であると述べた。この「高さ係数」と言うのは客船の形状の特徴を現す一つの係数として提案するものである。

 総トン数は船の大きさ、即ち容量を示す値であるからその船の総トン数を長さと幅で割れば高さに相当する値となる。船では甲板から船底迄を高さと言わずに深さと言う。この値はディメンションを持っているから相似形の船であれば大きい方の値が大きくなる。従って代表的な寸法である長さでもう一度割ってやると相似形の場合は同じ値になる。これを高さ係数と呼ぶことにする。

 総トン数が長さの三乗のディメンションを持ちながらトンと言う単位であるため、メートル法とフィート・ポンド法では値が異なる。従って、ここでは

高さ係数=(総トン数)/((長さ)*(長さ)*(幅))   :単位(トン/m3)

 とする。

 無次元化のための第三の除数は長さの替わりに幅をとってもよい。長さと幅の比は一定範囲におさまるので傾向を見る目的であればどちらでもよいが上記データで試算したところ、長さで割った方がばらつきが少ないようであった。

 図1・2に就航年による高さ係数の変遷を表す。この図によると1960年頃まで 0.025 前後の狭い範囲にあったが、1970年頃から明確に上昇傾向を見せ、最近就航したものでは 0.04 を越えるものも現れている。


FIG. 1.2

[図1・2]


 これは年間を通じて平穏なカリブ海などで常時周遊を行っているのでバルコニ付の上部構造を5層も積み上げたような投影側面積の大きい船が実現したことを示している。

 なお、客船は貨物船などと違って満載状態と軽荷状態で喫水はあまり変わらない。入港する港湾の深さなどの関連もあり船による喫水の差は少ない。従って高さ係数が大きいと言うことは水面上の投影側面積(プロファイル)が大きいと言うことになる。

 寸法の検討を終わるに当たって客船の総トン数の推移と、乗客一人あたり総トン数について述べてみたい。

 図1・3はさきに利用したデータを使って就航年をベースに客船の総トン数をプロットしたものである。ほぼ3万トン以上の客船80隻あまりを取り上げているが全体の傾向を眺めるためのグラフなのでデータの不備なものは除外しており、また建造後改装されて総トン数が増大したものもそのまま載せている。このグラフで1930年代後半に8万トンを越えるものが3隻あるがご存じの「ノルマンディ」「クィーンメリー」「クィーンエリザベス」である。戦後、航空機の利用が一般的になるにつれて客船は衰退の一途を辿ったが、このグラフで1960年代に7万トンを越える船が2隻いる。何れも新造時は6万トン台であった「フランス」と「クィーンエリザベス2」である。前者は冒頭で紹介したような経緯で建造され、国庫補助でしばらく運航されていたが大幅な赤字で係船されていたところをNCLに買収されて「ノルウェー」となった。その後上部構造最上層にペントハウスを増設するなど増トン工事を行い、現在もカリブ海で運航されている。後者はリタイアした両クィーンの後継として建造され、何度目かの改造で燃費改善のため、タービンからディーゼルに換装されたことは良く知られている。


FIG. 1.3

[図1・3]


 ここ数年の大型新造船の増大は需要の伸びを大幅に上回っており、筆者は今まで輸送用船舶で何度も繰り返された 建造ラッシュ → 船腹過剰 → 経営状態悪化 → 再編成 の途を辿るのではないかと心配しているものの一人である。

 何れにしても1996年は客船業界にとって画期的な年であった。半世紀ぶりに史上最大の客船「カーニバルデステニー」が就航し、今後 RCCL・カーニバルクルーズ・プリンセスクルーズ・ディズニーなど各社の発注した8.5万トンから10万トンのメガシップが続々登場する。RCCLは遂に13万トン級2隻の建造計画「プロジェクト・イーグル」を発表した。

 図1・4は客船の総トン数を乗客定員で割った値をプロットしたものである。客船のガイドブックなどでは乗客スペースレシオ(Pass.Space Ratio)と呼ばれ船上のゆとりを表す指標である。このグラフの1930年代で50を越えるもの2隻は「ノルマンディ」と「クィーンメリー」である。1980年以降に就航したもので45を越えるものが5隻ある。これは「クリスタルハーモニー」、「クリスタルシンフォニー」、「オイローパ」、「ロイヤルバイキングサン」、「飛鳥」である。ワード氏の評価によるベルリッツ社のランキングでは「飛鳥」がファイブスターで、その他の4隻は何れも最高級のファイブスタープラスとされている。


FIG. 1.4

[図1・4]
1.7 外観の意匠デザイン

 船、特に客船の外観は重要である。主船体・上部構造・煙突・マスト個々のデザインもさることながら、全体としての調和がとれていないと何となく収まりが悪い。

 これは船舶としての基本計画にも当てはまることである。即ち、抵抗・耐波能力・保針性・運動性などの諸点を追求した主船体に、必要な構造強度を与えて、これに燃費によい・高馬力の推進動力プラントを搭載すれば良い船舶になるとは限らない。要するに構成要素の一つ一つが合格点をとれるものであっても、それらを全体として共通した理念で統一され、トータルシステムとしてバランスの取れたものでなくては良い設計とは言えない。これがデザイン・フィロソフィーとかデザイン・ポリシーとか言われるものである。

 船舶工学は総合技術であるが、新造船の基本計画はこうした設計思想の上に全体の調和をとりながら各部の詳細を具体化して行く、芸術にもどこか通じるものがある創造的な技術である。

 陸上の著名な建築物は設計者の業績とされることが多いが、船舶や航空機は建造所や製造企業は良く知られているものの、その船(航空機)の設計者が特定されることは殆どなくなった。

 ひと昔前であれば、あの船は和辻博士の設計であるとか、あの飛行機は堀越技師の設計になるとか言われていたが材料強度から建造技術まであまりにも広範囲にわたるため、メーカーの設計陣の総力を挙げて取り組むことになり、設計主任者の名前を挙げることが難しくなったためであろうと思っている。

 関連する技術も広く、流体力学・材料強度・構造力学・振動応答・設計工学・配管/内装/甲板艤装や電艤/機装あるいは塗装や表面処理など多分野にわたるため、学会でも各部に別れて論文の審査が行われている。

 過去の学会発表論文題目を見ても、明治以来客船の外観デザインに関する論文は最近まで見あたらなかった。ところが、近年日本造船学会・西部造船会・関西造船協会の造船3学会が、ともに会報(論文集)、会誌などで船の美学とか船舶の意匠設計に関する論文を取り上げるようになった。

 日本造船学会では平成2年から各界の権威の審査によりシップ・オブ・ザ・イヤーを選定することになり、第一回で日本郵船が発注し三菱重工業長崎造船所で建造された「クリスタル・ハーモニー」がシップ・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。

 九州急行フェリー(株)の野間 恒社長は現役経営者として多忙な活動の傍ら、兼ねてから船舶、特に客船のデザインに関して研究を継続されており、その成果を「船の美学」などの著書に表しておられる。

 従って、客船の意匠デザインに関しては、それらの研究の紹介に留め、この章を終えることにする。



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